人材が育つことで成長する会社のつくり方

「社員教育・人財育成」の目的と目標を明確にしない弊害

教育体系・教育制度の目的を考察する

 「人事評価制度」と「教育制度」の目的は同様です。

 人事制度によって「会社が社員に求めるもの」を明確にしますが、それは「社員に求めるものを実行・達成することで業績が向上し会社が成長する」という経営レベルのサイクルが成り立つものでなければなりません。その中で、人事評価制度と教育制度は、図1のように位置付けることができます。このように教育制度は人事施策の一部に留まらず経営レベルのサイクルの一部なのです。

教育体系1-図1

 よって、教育は本人や上司、教育企画担当者という個々人の取り組みではなく、「全社的にも重要な活動」として捉える必要があります。それにも関わらず、多くの企業における社員教育観と、本来の社員教育の在り方には、図2のようなギャップがあります。

人事制度5-図2

 このギャップが生じている状態で、社員教育を実施し、教育体系を作っても、残念ながら効果は個人のスキルアップに留まってしまうでしょう。

「人が命」のはずなのに…社員教育や人財育成ができない理由と言い訳

●できない理由

「御社は、社員教育や人財育成がうまくいっていると自信を持って言えますか?」
「御社の強みは何ですか?」
「経営するにあたり大事にされている考え方は何ですか?」
 と経営者の方にお聞きすると、
「やはり当社の業種では『人が命』ですね」
「社員のやりがいと育成に力を入れています」

 という返答が、多く聞かれます。「企業は人なり」という言葉があるように、「人財育成の重要性」はどの経営者の皆様も感じているのです。

 しかし、「企業は人なり」の言葉通りに、本当に人作りに力を入れているかというと、現実は異なるようです。前述の答えを頂いた経営者に、「具体的にはどのような人財育成の取り組みをしていますか?」とお聞きすると、

・具体的には、これから始めていきたいと思っている…
・現場のOJTが中心で、研修などは数年前に実施したことがあったかな?
・現場を回すのに精一杯で研修などに参加させる時間がない
・現場の理解がなく、研修よりも現場作業を優先してしまう
・大企業のように教育の責任者がいないので、教育計画や管理ができない
・社員教育や人財育成に力を入れたいが、何から取り組んでよいかわからない

 という回答が多くあり、「人作りが重要」と口にしながらも、実際にはその言葉通りに「人財育成」をしっかりやれていないという矛盾が生じています。それは、なぜなのでしょうか?

●言い訳(本音)

 言葉には出てきませんが、深層心理にある「やらない言い訳」は次のようなものです。

・セミナーや研修は役に立たない参加させても人は変わらない
・研修と実務に連動性がない
・仕事は現場で覚えるもの
・これまで何度も社員を研修に参加させたが、結局変化も成長もなかった
・階層別教育を何度か実施したが一時的なカンフル剤にしかならなかった
・研修に参加させた後の2~3日間は変わったような気がしたがまたすぐに元に戻った
・研修やセミナーで個人スキルがアップしても、それが業績向上や組織変革につながらない

 社員教育や人財育成が重要と考えていながらも、それができない理由として「時間がない」「やり方がわからない」という一見もっともらしいことを口にするものの、実際には、無意識のうちに「人財育成や研修の成果に疑問を持っているため、時間やエネルギーを注ぎきれない」というのが、本当の原因(本音)なのです。

 社員教育が真の成果につながる確信がないため、色々な言い訳が出てくるたびに社員教育は停滞して、それを自己正当化します。少しの言い訳で停滞する程度の効果しか見込まれていないため、業績が悪化すると教育費はコスト削減の対象となり、再び業績が回復すると思いついたように研修や教育が散発的に行われます。

 研修やセミナーは人財育成の最重要手段の一つですが、このように、現実には「やらない言い訳」が具現化しているのです。

 本当に効果がないならば、確かに研修やセミナーに参加させるのは時間の無駄です。無駄なことをやらせるくらいならば、仕事や業務を進めた方がよいのは当たり前です。逆に、社員教育に力を入れることで、間違いなく業績向上・会社成長につながるならば、喜んで社員教育に時間と費用を投資するはずです。

 このギャップを埋め、自信と覚悟を持って社員教育に取り組むことができないため、中小企業では社員教育がほとんど行われていない、また、行われていたとしても中途半端になっているのです。

中小企業の人財育成3つの問題点

 その中途半端な社員教育とは、
・「単発教育」
・「思いつき教育」
・「やりっぱなし教育」

であり、中小企業の社員教育・人財育成の3つの問題点です。

●問題点1:目的なしの「単発教育」

 会社が社員に求めるものを、できるようにするための継続した教育ではなく、点で教育や研修が実施されがちです。教育の話になると、人事・教育の担当者の口から語られるのが「HOW(どうやって)」です。

・今年の研修は、どのような内容でどの講師に依頼しようか
・今年の勉強会の予定をそろそろ組んで、参加希望者に告知しないと
・どうも最近の若手は元気がない。何か、やる気の出る研修はないだろうか
・新入社員を現場に配属してからのOJTはこのように進めよう
・今年の新任管理職に、とりあえずどこかの管理職研修を受講してもらわなければ

 本来、教育は「手段」であるにも関わらず、「手段の目的化」が起きるのです。そもそも、企業における教育の目的とは一体何でしょうか?

 例えば、管理職研修の目的は、「新任の管理職に管理職研修を受講してもらうこと」ではなく、「管理職が会社で期待されている役割を発揮するためのスキルを身に付けて、チームマネジメントを行い、それがチームと組織全体の業績向上や成長につながること」ではないのでしょうか。

 このように、「目的」~「必要な能力・スキル」~「その能力・スキルを習得するための教育手段」が紐付いていなければ、教育体系と教育制度が整備されているとは言えません。

●問題点2:気づいたときに行う「思いつき教育」

 計画的・定期的に教育をするのではなく、「気づいたとき」に教育を実施しがちです。それは、年間の教育計画がないまま、文字通り、その都度思いついたときに教育をすることを意味します。

・面白いセミナーが開催されるので、誰かに参加してもらおう
・今日時間ができたから、この仕事のやり方を教えよう
・来週から何回かに分けて社内勉強会を開こう

という具合です。思いつきですから、教える上司や研修を企画する担当者が多忙になると、中止になったり、人によって教える頻度や時間、教え方にバラつきが生じたりします。

・今、現場が逼迫していて、のんびり研修に参加させる時間などとても取れません
・教えてどうなるものではない、実際に経験して初めて身に付けることができる
・今は意味がわからなくても、若いときには詰め込みで覚えていった方が後で楽になる

 また、教育が定期的に実施されていなければ単発で終わるため、時間が経過するとほとんどが忘れられてしまう可能性が高いといえます。

 記憶と忘却に関して、「エビングハウスの忘却曲線」と呼ばれる実験結果があります。聞いたことや覚えたことは、20分後に42%、1時間後に56%、1日後に74%、1週間後に77%、1カ月後に79%を、忘れてしまうというものです。

 本当に必要な教育は、忘れるという前提に立って定期的に行うことが必要なのです。

●問題点3:学んで終わりの「やりっぱなし教育」

 学んだ内容を仕事に生かさないケースや、教育効果の検証なしで盲目的に継続するケースが見られます。学んだ内容を実践することなく、また上司がフォローして促さなければ、それは、定着し継続されることはなく本来の目的を達成することはできません。

・多忙中に研修を受けるのはしんどかった。まあ、よい刺激になったので仕事に戻ろう
・研修は、参考にはなりました。日々の仕事に生かせるよう意識してみます

 希薄な社員、一方で育てる側の上司も次のような調子です。
・研修はどうだった? おお、それはよかった。さあ、仕事がたまっているぞ
・研修で君が抜けている間にフォローをしてくれた仲間に感謝して、しっかり仕事に向き合ってほしい
・あれ、そういえば昨日は何の研修だったの?

研修の成果に期待をしていなかったり、部下が何のために、何の研修を受講しているのかを把握していなかったりする上司も見受けられます。さらに、教育効果の検証においては、研修や教育の内容やその効果を確認することなく、同じ手法で同じ内容で教育を続けるという問題もあります。

 社員に求めるものを明らかにして「発揮度合い・行動度合い・達成度合い」を評価し、求めるものと現状のギャップを埋めるための教育を行い、実践と継続を促し、業績向上と会社の成長を実現させるというサイクルが人財育成の本質であれば、3つの問題点「単発教育」「思いつき教育」「やりっぱなし教育」が、いかに中途半端で非効率的な人財育成であるかがわかります。

社員教育・人財育成の目的と目標達成のために教育の仕組みを確立する

 最大の問題は、「社員教育・人財育成」の目的と目標を明確にしないことです。そして、目的と目標を達成するための方程式を確立しないままで、手段を目的化して社員教育を実施しているのです。

 これからは、中途半端で非効率的な人財育成から脱却し、

・研修やセミナーへの参加が、学んで終わりの一過性の個人学習ではなく、本質的な社員の成長につなげる
・社員の成長が、実際に会社の業績向上や組織成長につながる

 このような社員教育・人財育成の方程式を確立する必要があり、この方程式を次のPDCAステップで回します。

・ポイント①:目的=「会社の業績向上や会社の成長」。目標=「会社が社員に求めるものができるようになる」。この2つから逆算して、それを実現するための手段としての教育体系を整備する
・ポイント②:教育体系から、年間の教育計画を策定して、計画的、定期的に実施する
・ポイント③:学んだことの実践と定着、継続のためのフォローの仕組みを確立し実効性を高める
・ポイント④:個人の学びやスキルアップが個人の成長に留まらず、チームや会社の業績向上や成長に波及するための仕組みを確立する

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