人材が育つことで成長する会社のつくり方

経営と連動しない人事制度は会社の元気を奪う

なぜ、人事制度はうまく機能しないのか?

人事制度が全くない会社は少ないでしょうが、「うまく機能している」と言える会社もまた非常に少ないものです。「うまく機能していない」とは、例えば、図1に挙げたような状態です。貴社の状況で1つでもチェックが入るならば、改善余地があります。

人事制度1-図1

 

 

人事制度は、そもそも何のためにあるのでしょうか? 筆者が人事制度についての悩みや相談を受けたときに、実際の制度や運用状況をたずねると「そもそもの目的」のところで間違っていると感じるケースが多いのです。

 よく耳にするのは、次のような目的です。
 ・できる社員とできない社員で報酬に差をつけるため(不公平をなくしたい)
 ・誰が見ても納得できる査定基準と合理的な報酬決定ルールを作るため(社長が鉛筆をなめて給与を決めることをやめたい)
 ・それなりの組織になった証として(社長の感覚ではなく会社の仕組みで運営したい)

 以上は、ありがちな目的ですが、これらを目的として掲げても、人事制度がうまく機能することは難しいでしょう。その理由は、次の通りです。
 ・社員の報酬に差をつけると、上がる人と下がる人が出てきて、単純に下がる人のモチベーションも下がります
 ・査定基準や報酬決定ルールが明確になると、査定や報酬を決める経営者の苦労は減りますが、現場の負荷が高まります
 ・それなりの組織になった証として、人事制度ができあがった瞬間には満足しますが、それで終わります

 たしかに、経営者の苦労が減り、それなりの組織の証ができ、社員の報酬に差がつきます。しかし、これらを実現することが「真の目的」でよいのでしょうか? もし仮に、この目的で人事制度を行った場合、成果や効果は本当に生まれるでしょうか。

 人事制度の運用には毎年多大な工数がかかります。そして、その工数の大部分は現場の負荷となります。どんなにきれい事を言っても、人事制度という大掛かりな仕組みを運用するには大きな負荷がかかります。その現実を直視し「それでもこれだけの効果があるので、徹底して運用しよう」という心積もりで人事制度を展開しましょう。

 人事制度運用によって得られる効果よりも、人事制度運用の負荷の方が高ければ、人事制度は必ず形骸化します。

人事制度の真の目的とは?

「人事制度運用の負荷」> 「人事制度運用で得られる効果」に向けて、次の経営レベルのサイクルを実現する必要があります。

 ①人事制度によって、社員に求めるものを明確にする
  ↓
 ②社員に求めるものができるようになるように、社員が成長する
  ↓
 ③社員に求めるものを実行・達成することで業績が向上し、会社が成長する

 これが人事制度の真の目的です。

 逆に言えば、社員の成長や業績向上、会社成長が実現できていないのに、
 ・社員の給与に差が付くようになった
 ・しっかりした査定基準ができて経営者の苦労が減った
 ・それなりの組織の証ができた
 ・内部管理ツールができあがった
 のでは、人事制度の意味がないのです。

 本稿における人事制度の目的を、「社員の成長を後押しし、業績向上につながる会社のエンジンとして機能させる」と定義します。
そして、その目的を目指した人事制度を「成長実現型人事制度」と呼び、単なる内部管理ツール・手続きツールではなく、社員の成長や業績向上、会社成長に導くためのツールとしての活用法をお伝えします。

 上述した経営レベルのサイクルが実現できているかの視点で考えると、多くの会社では次の2つの問題点が生じています。

 ●問題点①:人事制度の【制度内容】が、社員の成長や業績向上、会社成長にリンクするものになっていない
制度そのものが外からの借りモノで作られており、会社の成長というゴールとつながっていない。

 ●問題点②:人事制度が、社員の成長や業績向上、会社成長をサポートする【運用】ができていない
制度の完成後は黙っていてもうまく回るという誤解の元、アッという間にそれが形骸化し、成果の出ないまま現場の負荷と不満が高まり会社の元気を奪っていく。

 よって、ここでは

 ●課題①:どのように人事制度を設計すれば社員の成長や業績向上、会社成長につながるのか? 

 ●課題②:どのように運用すれば社員の成長や業績向上、会社成長につながるのか?

 この2つの視点から、今後どのように人事制度を作ればよいのか、また、既存の人事制度をどのように改革すればよいのかをお伝えします。

 人事制度設計と運用のツボとなるポイントをおさえて、効率的に人事制度改革を進めましょう。

社員に求めるものが明らかになっているか?

 成長実現型人事制度を目指すにあたり、最初にやるべきことは、「会社として社員に求めるものを明確にする」作業です。図2をチェックしてみてください。
人事制度1-図2

 貴社では、社員に求めるもの(期待していること)が明らかになっていますか?これを、きちんと言語化して具体的に伝えていますか?明文化できているかどうかはともかく、例えば、社員の行動を見ていて、図2のようなことを感じたり、口にしたりすることはありますか?現状を把握し、定期的にフィードバックし共有化していますか?なかなかできていない会社が多いのではないでしょうか。

 図2のような行動を期待する理由は、決して経営者の個人的な価値観からだけではないはずです。顧客満足向上、業務効率化、短期的成果、長期視点での成果など、その達成へのプロセスは様々ですが、一貫しているのは、この行動を実行すれば、最終的に業績向上、会社成長につながっていくという確信があるからこそ、これらの行動を期待するのでしょう。

 だからこそ、社員が何をすれば業績向上、会社成長につながるのかを論理的に分解し、そのツボとなるものを「会社として社員に求めるもの」として伝える必要があるのです。「理念や戦略と連動した自社らしさ」が盛り込まれ、業績向上につながる行動や成果のイメージが明確になっているならば、ツボをおさえられているということです。

 貴社の評価制度・人事考課表を確認して、何となく「協調性」「責任感」などの抽象的かつ一般的な評価項目が並んでいるならば、恐らくは、それは形骸化しているでしょう。

 社員が不満に感じていることのトップ3に挙がるのは「評価への不満」です。しかし、その中身は「自分の評価結果に納得がいかない」「評価基準が不透明」ではなく、「具体的に何を求められていて、何を評価されるのかがわからない」です。

 評価結果や評価基準は評価制度のルールという狭いレベルの問題ですが、「具体的に何を求められている」というのは、そもそも仕事を進める上の「前提」であるはずです。

社員に求めるものは経営の仕組みと連動して決まる

「会社として社員に求めるもの」は、業種や規模、会社の考え方により異なりますが、大きく次の5つにまとめることができます。

 ①経営理念や当社の価値観に基づいた行動を取ってもらいたい

  社員行動指針、期待する社員像、求める人財像、バリューなどと表現されることもありますが、経営理念やミッション(使命)、ビジョンを達成するために、どのような価値観や行動指針をもとに仕事をするのかを明示したものです。

 ②階層別に求める能力・スキルを習得し、発揮してもらいたい

  経営幹部、上級管理職、中級管理職、初級管理職、リーダー層、一般層などのそれぞれの階層に求める能力・スキル・行動を明文化したもので、等級制度の等級要件基準でもあります。階層別の要件基準は、ビジネス力と専門力の2つの軸から設定します。

 ③役職別のマネジメント上の役割・行動を発揮してもらいたい

  部長、課長などの組織の長のそれぞれのマネジメント上の役割・権限・責任を明らかにした上で、そこで求められる行動を明確にします。大きく、部下管理、業務管理、企画推進、社内外折衝に分けられます。

 ④経営計画の実行、課題解決、問題解決をしてもらいたい

  会社として、ビジョンの実現および短期的な問題解決のために毎年経営計画を策定します。課題ごとに、実行・達成の責任者・担当者が決まります。

 ⑤成果・業績目標を達成してもらいたい

  組織における各役割に求められる成果・業績目標が決まります。

 自社の理念や戦略を具現化するという視点で、この5つの内容が等級制度や評価制度にバランスよく組み込まれていることが、先に示した、

 ●問題点①:人事制度の【制度内容】が、社員の成長や業績向上、会社成長にリンクするものになっていない
  ↓
 ●課題①:どのように人事制度を設計すれば社員の成長や業績向上、会社成長につながるのか?

の回答の前提となります。

どうすれば社員に求めるものができるようになるか?

 業績向上や会社成長につなげるならば、言語化して伝えるのみならず、次のサイクルをしつこく回しましょう。 

 ①会社が社員に求めるものを明らかにして社員に伝える

 ②個々人の求める姿・あるべき姿と現状のギャップを常に把握する(人事評価制度)

 ③ギャップを埋めるための教育を行い、実践し、継続を促す(教育制度)

 業績向上につながるための行動や能力、スキル、知識を明らかにするのみならず、現状を常に把握し、個々人に求められる姿と現状のギャップを埋めていくのです。

 求められている姿の、「現状」の発揮度合い・行動度合い・達成度合いを評価するのが「人事評価制度」であり、求められる姿と現状のギャップを埋めるための手段が「教育制度」です。だからこそ、社員に求めるものを明らかにすることが、人事評価制度設計や教育制度設計の前提条件となるのです。

 教育となると、「どのような研修が必要か」「誰に何を受講させるか」「研修に意欲的に参加してもらうには、いつどんな教育をする必要があるか」などの、手段にフォーカスされがちです。しかし、上述したように教育とは、会社が社員に求めるものを社員ができるようになるための施策です。よって、「社員に求めるもの」という前提が明確になっていなければ、効果的な教育制度にはなりません。

 一般的に狭義の人事制度では、「等級制度」「評価制度」「報酬制度」の関連のみを考え、教育制度は別個で捉えられることが多いと思われますが、本連載においては、「等級制度」「評価制度」「教育制度」を対象として、社員の成長、業績向上、会社成長のための方程式を示します。

 「報酬制度」は、結果としての公平性の担保や動機付けの視点で効果はあります。しかし、社員と会社の成長を促すための根幹の仕組みは「等級制度」「評価制度」「教育制度」です。なぜならば、「報酬制度」はルールとして事後的に粛々と手続きが進む静的な仕組みですが、

 「評価制度」や「教育制度」は、実際の仕組みを動かすのにエネルギーが必要で、常に改善しブラッシュアップしていくべき動的な仕組みだからです。そして、動的な仕組みであるからこそ、本当の成果につながるような設計と運用は難しいのです。

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